李登輝が待ち望む最先端癌治療

台湾国民のために元総統が切望する「ホウ素中性子捕足療法」。筑波大学から医療の成長戦略の目玉が誕生!

2015年4月号 LIFE
特別寄稿 : by 江口克彦(参議院議員 ・元PHP研究所社長)

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李登輝元総裁(右)と筆者の江口克彦氏

1月28日の参院本会議で、私は次世代の党を代表してBNCTについて質問した。

BNCTとはホウ素中性子捕足療法(BORON NEUTRON CAPTURE THERAPY)の略称で、癌細胞に特異的に取り込まれる特別なホウ素化合物をあらかじめ患者に投与し、患部に加速器で発生させた中性子を照射する治療方法だ。

私がBNCTを知ったのは昨年4月、李登輝元台湾総統(92)に2期目の馬英九政権の行方とアベノミクスについての評価を伺おうと、台湾に出かけたのがきっかけだ。

李元総統に最初にお目にかかったのは、1986年に堺屋太一さんと一緒に台湾に講演に行った時だった。主催者の洪建全教育文化基金会の簡静恵氏から、当時副総統だった李閣下を紹介された。以来50回以上お目にかかり、手紙でも何度もやりとりしている。

再会した李元総統は2月に皮膚癌で切除手術を受けられたばかりだった。2011年には大腸癌で腸の3分の1を切除されたために大変心配したが、幸いその転移ではないとのことだった。実はこの時、私はBNCTについて相談を受けた。「日本のBNCTは世界一素晴らしい。台湾国民のために導入したい。台南、台中、台北の3カ所に治療施設を作れば、台湾の人たちがあまねく最先端の癌治療を受けられる。日本がサポートしてくれれば有難い」と。

難治癌、再発癌に朗報

李元総統はとても研究熱心な方だ。ご自分の癌をきっかけに、世界の癌治療について徹底的に調べられたのだろう。その結果、日本のBNCTが最も素晴らしいと白羽の矢が立ったのだ。

帰国後、私は早速BNCTについて調べてみた。台湾の人たちのためだけではない。日本では癌の罹患数が85年から増加し続けており、13年には癌で死亡した人は36万4872例に及んでいる。BNCTが画期的な癌治療法ならば、日本でも大いに普及させるべきだと思ったからだ。調査の結果、BNCTの拠点は京都大学と筑波大学の2カ所にあることが判明した。筑波大学なら東京から近いので、同大学中性子医学研究開発室長である熊田博明博士に連絡をとった。そして、熊田博士の説明を聞いた私は日本の医療の素晴らしさとその可能性を確信した。

BNCTの仕組みは特別に難しいものではない。患者にホウ素化合物を投与した上で、患部に広く中性子を照射する。中性子がぶつかったホウ素は核反応を起こして7リチウム粒子とα線に分かれるが、α線が癌細胞のDNAを破壊することで治療効果が生まれる。しかも7リチウム粒子とα線が飛ぶ距離は細胞1個分の10ミクロンくらいなので、その効果を一つひとつの癌細胞の内部でおさめることができる。すなわち、外の正常細胞には影響を与えないのだ。

この特性ゆえに、これまで治療が困難だった脳腫瘍や頭頚部癌など難治癌や再発癌に治療効果が高まることになる。例えば脳腫瘍では、一般的に放射線治療が行われているが、これは事前にCTやMRIで撮影して特定した患部にX線や陽子線を照射する方法だ。ところが癌細胞が周囲に広く浸潤している場合、標的となる癌細胞を見つけ出すことができない。しかも脳はその機能ゆえに、胃癌や大腸癌のように、ざっくりと患部を抉り取ることは不可能だ。よって治療をしても癌細胞が残り、予後が悪い(死亡率が高い)。

また再発癌については、前回の治療で放射線を使った場合、ハードルが高くなる。各細胞には放射線の許容上限があり、いちど受けた放射線の影響は、周囲の正常細胞に残るため、それを考えると、再照射は困難になる。周囲の正常細胞を傷つけない特性を持つBNCTなら再照射が可能だ。

BNCT治療の生存率も伸びている。脳腫瘍の場合、放射線治療の生存期間中央値は13.5カ月、1年後の生存率は48%、2年後は20%に減少するが、BNCT治療の生存中央値は25.7カ月で、1年後の生存率は91.6%、2年後は57.1%と、飛躍的に向上する。

さらに、一般的な放射線治療は60回の照射と、1カ月半ほどの入院が必要だったが、BNCTなら1度の治療(30分程度)で終わり、患者の負担は極めて軽くなる。ただし中性子には、身体の深部まで届かないという欠点がある。この点は、より中性子を吸収するような薬剤の開発や開腹手術による患部への直接照射などで克服可能だろう。

医療ツーリズムを呼び込む

中性子を利用した治療法はすでに1930年代に理論が確立し、50年代にアメリカで臨床研究が始まった。日本でも京都大学原子炉実験所(大阪府熊取町)や日本原子力研究開発機構(茨城県東海村)で、原子炉を利用した臨床研究が行われてきた。

しかし、原子炉を動かすには特殊な管理技術が必要であり、がんじがらめの規制を受ける。そもそも建設費が莫大なため、一般普及は困難だ。その点、加速器を使った治療装置は原子炉等規制法の対象外であり、とりわけ筑波大学の装置は中性子発生のエネルギーが6MeVと低く、医療従事者や患者の被曝が小さいため、一般病院への設置が可能だ。臨床研究から先進医療へと進み、将来的には保険適用になるだろう。

BNCTは、経済産業省から「つくば国際戦略総合特区」の認定を受け、12年度1.7億円、13年度3.4億円、14年度5.8億円の予算を獲得している。成田国際空港から近いため、世界から医療ツーリズムを呼び込む中核施設になるだろう。BNCTの治療装置や患者に投与するホウ素製剤の輸出ビジネスも期待できる。緻密な装置やホウ素製剤は、日本企業の独自技術だ。

政府もやる気だ。昨年6月、稲田朋美行革担当大臣(当時)が中性子医療研究センターを視察し、「メディカルエクセレンスジャパン」活動が本格化した。BNCTは、日本の医療の国際展開を促す成長戦略として注目される。(取材協力/安積明子)

   

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