面従腹背の消費者庁が「規制改革」潰し

米国の制度をモデルに健康食品の規制緩和を行うと閣議決定したのに、さっぱり前に進まない理由。

2014年6月号 LIFE

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「国からトクホ(特定保健用食品)の認定を受けなければ、『強い骨を作る』といった表現はできない。トクホは開発に多額の費用がかかるため、中小企業にとっては参入のチャンスが閉ざされている。これを消費者に分かりやすい形で規制緩和する。目指すのは世界最先端の規制緩和です……」

昨年6月5日、安倍晋三首相は、こう宣言した。アベノミクスの「第3の矢」成長戦略の主軸に規制緩和を据え、なかでも、国民の健康志向の高まりから市場が拡大している健康食品やサプリメントの表示規制を大胆に緩和し、新しい市場を創出するとぶち上げた。

年間1兆円ずつ増大して国家財政を圧迫する医療費を削減するため、健康保険を頼って「クスリ漬け」になる慣行を改めると同時に、自らの健康は自分で守る習慣を醸成する狙いだ。「市場の力」によって、財政赤字と高齢化などによる健康問題を解決していく試みともいえる。

「第2トクホ」は要らない!

首相は、先の講演直後の6月14日、米国の制度をモデルに健康食品やサプリの表示規制緩和を実施することを閣議決定。ここでいう「米国モデル」とは、医療費削減などを目的に1994年に導入された「ダイエタリーサプリメント制度」のことだ。医薬品と食品の中間的な存在であったサプリや健康食品を法律で明確に定義し、科学的な裏付けのあるものには「脳と循環器の健康を増進する」「血圧の健康に役立つ」といった機能性表示を可能にした。その結果、20年前と比較して、米国の商品アイテムは5千から8万品目に増え、業界全体の売上高も7倍の約4兆円に伸びた。消費者の選択肢が拡大し、目が肥えたせいか、もはや優良業者しか生き残れなくなった。

この閣議決定に基づき、所管官庁の消費者庁は昨年12月に「食品の新たな機能性表示制度に関する検討会」(座長=松澤佑次・住友病院院長)を立ち上げ、学者や健康食品業界、消費者保護団体の有識者を集め、新制度の在り方を模索してきた。

ところが、業界関係者は「消費者庁は、総理の意向に背き、表示規制の緩和は見せかけ。実態は何も変えない既得権擁護の『新制度』作り、規制改革潰しに動いている」とぶちまける。「極めつきは5月2日に開かれた第5回検討会で同庁が示した方針案。『第2トクホ』新設と見紛うもので、規制緩和どころかむしろ規制強化に繋がる。こんな制度改悪なら現状の方がまだまし」と憤る。

トクホの開発では臨床試験が実施されるが、開発側にとって都合のよいデータのみを学界誌などに投稿して権威づけし、許可のポイントとすることができる仕組みになっている。ところが、今回の新制度では「機能性を表示できるサプリや健康食品に対して、医薬品と同様の事前登録制による臨床試験を求め、トクホよりハードルを高くしたのです」と、食品行政に詳しいジャーナリストはいう。表向きは厳格な試験を導入することにより、消費者保護の大義名分が立つ。しかし、内実は「サプリと健康食品の試験だけを厳しくすることでトクホ市場を守り、機能性表示改革を潰す狙いは明らか」(前出のジャーナリスト)。

トクホ制度の創設は1991年だが、必ずしも評判はよくない。「体の脂肪を燃焼させる」などと表現ができる商品が流行り、「ヘルシアコーヒー」(花王)や「メッツコーラ」(キリン)が人気を呼んだが「食物繊維など何ら新規性のない材料を混ぜているだけ」との酷評も。さらに、トクホは許可を得るのに平均で4年かかり、初期投資に数億円かかるものもあるため、認証取得の約7割が資本金1億円以上の大企業になっているとの不満がくすぶる。おまけに開発投資を回収するため大量生産の飲料製品が主力となり、商品バラエティーに欠ける。トクホ市場は07年度をピーク(6798億円)に伸び悩み、13年度は6275億円にとどまった。

それに比べサプリや健康食品はトクホの2倍以上(1兆4千億円)に拡大し、メーカーが様々な商品を開発し、消費者に受け入れられている。例えば抗酸化作用を持つとされるルテインやリコピンなどを含む新商品も出始めた。企業が自助努力で研究論文などのエビデンスを集め、商品開発に取り組んだ成果だ。

「黒幕」は消費者庁次長?

今のところ消費者庁は、何が身体によいのか、その「関与成分」を明らかにしなければ機能性を表示させない方向に持っていくハラだ。消費者保護の観点からはもっともらしく見えるが、関与成分という考え方自体が、薬の有効成分と同じ発想であり、規制緩和潰しの一環だ。漢方薬の中には関与成分が明らかになっていないものがあるが、「伝統」や食生活との関連性を調べる疫学的研究がバックボーンになっている。ハーブ類なども同じく、米国では長年利用されてきた「経験知」から機能性表示が認められている。

もちろんサプリや健康食品業界には劣悪業者が存在し、怪しげなイメージがあることも事実。米国では規制緩和を進める一方で、業界の健全化も図ってきた。米食品医薬品局(FDA)は品質や健康問題を起こした業者の取り締まりを強化し、新規原料の事前届け出を求める。また、中立的な第三者が品質管理基準の認証を行うシステムができあがり、機能している。

国内のサプリ大手メーカー幹部は「米国の制度を日本流にアレンジしながら、我々も業界の健全化を進めなければならない。それが市場の拡大に繋がり、消費者利益にもなる」と語る。

ところが、規制緩和によってサプリや健康食品が伸びると、売り上げが落ちる可能性があるトクホ業界や製薬・医療業界は気が気でない。いずれも岩盤規制に守られ、厚生労働省と癒着した業界。製薬メーカーと研究者が一体となった臨床データの捏造事件は、岩盤規制業界の癒着構造を明るみに出した。

規制改革潰しの「黒幕」は事務方トップの山崎史郎・消費者庁次長との見方がもっぱらだ。山崎氏は、かつて「ミスター介護保険」と呼ばれた厚労省のエース。民主党の菅直人政権時代に首相秘書官に抜擢されたのが裏目に出て消費者庁に追いやられた。現政権から疎まれた山崎氏は安倍総理に面従腹背、「アベノミクスの目玉」である規制緩和を骨抜きにしているように見える。

   

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