霞が関が高笑い「小泉改革」は元の木阿弥

霞が関にとって麻生さんは御しやすいお殿様。郵政民営化は凍結、政府系金融機関改革は白紙撤回の運命か。

2008年10月号 POLITICS

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「麻生さんが総理になった途端に小泉構造改革路線は頓挫する。郵政民営化も政府系金融機関の民営化も凍結されるのに違いない」

福田康夫首相が唐突な辞任表明をした直後、経済官庁の幹部はこう予言した。

「10月26日総選挙」がまことしやかに囁かれ、政局混迷に困惑の表情を見せる霞が関の官僚たちだが、背後では小泉改革で失った既得権益を取り戻す算段をしているようだ。

「モラルとやる気を失った公務員を奮い立たせ、国民のために働く公務員にします」

9月10日スタートした自民党総裁選に出馬した麻生太郎幹事長の政策公約「『日本の底力』強くて明るい日本をつくる」には、小泉、安倍両政権下で目立った公務員叩きや、官僚の言うことに耳を貸さない福田政権の独善とは異なる、霞が関を激励する表現が盛り込まれていた。

「全特」まで麻生に秋波

景気悪化を理由に「日本経済は全治3年」と主張し、財政再建路線を棚上げにして、公明党が提唱する2兆円の定額減税はもとより、公共事業の追加も辞さない「バラマキ」路線に突き進む麻生氏。永田町での人望はいまひとつだが、霞が関では「官僚組織をうまく使える政治家」「むやみに役人と対立せず、役人に任せるべきことと、政治がやるべきことの分別がついている」と評判は上々。霞が関からすれば「“神輿は軽いほどよい”にぴったり当てはまるお殿様」(経済官庁OB)。御しやすいことこの上ないというわけだ。

しかも、今回の自民党総裁選で麻生発言が際立つのは、小泉構造改革路線と決別する文句がぽんぽん飛び出すからだ。「改革なくして成長なし」をスローガンに、国民に歳出削減や規制改革推進の痛みを乗り越えることを求めた小泉路線とは正反対。麻生氏は旧来型の選挙対策に打って出るしか、自民党が大敗を免れる道はないと考えているのだ。

小泉路線で痛めつけられ、その後遺症を引きずる霞が関からすれば、それこそ渡りに船。総務省や財務省では郵政民営化に伴う「日本郵政」や「ゆうちょ銀行」「かんぽ生命」の株式上場の延期や、政府系金融機関改革の目玉である日本政策投資銀行の完全民営化凍結の政治工作が密かに練られている。

麻生氏は小泉政権で2003年9月から05年10月まで総務相を務め、郵政民営化を決めた所管大臣だったが、総務省の旧郵政官僚や日本郵政公社幹部の意見を受け入れ、ホンネでは郵政民営化に反対だったのは有名な話だ。実際、昨年11月の講演では「郵政民営化は5年たったらうまく行かなかったと証明できるんじゃないかと思うほど、あまりうまく行かないと元経営者として見ている」と放言。日本郵政グループの旧郵政官僚や全国郵便局長会(全特)関係者から「麻生さんの言うとおり」と喝采を浴びた。

郵政民営化をめぐっては、民主党の小沢一郎代表が全国に約2万人いる旧特定郵便局長の集票力を目当てに、国民新党を通じて「郵政を抜本的に見直す」と熱烈なアプローチをかけ、総選挙での「共闘」を強めようとしている。しかし、政治の風向きに敏感な全特内部では「麻生政権になれば自民党とよりを戻す道が生まれる」との声が出始めている。

自民党内では、小泉首相の郵政民営化方針に反対した造反組の山口俊一元総務副大臣らが今年3月に「郵政事業研究会」を旗揚げし、10年度に予定される日本郵政やゆうちょ銀行、かんぽ生命の株式上場の凍結を論議してきた。これまでは小泉元首相や中川秀直元幹事長らの目を恐れて「露骨には動けない」(同研究会メンバー)状況だったが、ここに来て情勢は一変した。今回の小池百合子元防衛相の擁立劇で森喜朗元首相の怒りを買った中川元幹事長ら「上げ潮派」が、影響力をなくす展開となり、同研究会内に「小泉路線はもはや過去の話になり、郵政民営化凍結が自然の流れになる」という楽観論さえ流れ始めた。

自民党内には世論の改革後退批判を気にする向きもあるが、そもそも昨年10月に民営化された日本郵政グループ傘下の各社は「ビジネスモデルやリスク管理において全く民間企業になれない状況」(総務省筋)。このため上場準備の不備など理由はいくらでもあり「改革後退のマイナスイメージをカムフラージュできる」(全特関係者)というわけだ。

さらに、日本郵政内部には、小泉時代に竹中平蔵総務相が送り込んだ西川善文社長(三井住友銀行元頭取)や西川氏側近の「進駐軍」支配に不満を抱く旧郵政官僚らが、麻生政権誕生に勢いづき、「うまく行けば、西川氏ら現経営陣の総退陣もあり得る」と吹聴する有り様だ。

小沢民主党対策の「紙爆弾」

政策金融機関改革も事情は同じである。政策投資銀行に天下った財務省OBらが、同省や官邸の後輩らに同行の完全民営化方針の白紙撤回を念頭に、「麻生首相の景気対策と抱き合わせで政策金融改革の見直しを仕掛けられないか」と働きかけるなど、さながら百鬼夜行の様相だ。

一方で、霞が関が恐れるのは、総選挙で自民・公明の与党が大敗し、小沢民主党が天下を取ること。民主党は選挙公約の中で、①各省庁に100人の国会議員を派遣し政治主導の政策立案を実現する、②特別会計や独立行政法人を原則廃止する、③天下りを全面禁止する――といった霞が関解体論を主張している。財務省や経済産業省内では「まったく現実味がない」「そんなことをしたら役人がサボタージュして政府が動かなくなる」(幹部)と反論する一方で、たいへん危惧もしている。

「すべての年金制度を一元化すれば、自営業者に大幅な負担増」「医療保険制度の一本化には、企業の健保組合の存在意義がなくなると労使ともに強く反対している」「食料の完全自給は現在の食生活を前提にすれば無理」「雇用対策で林業振興を掲げるが、現在5万人程度の林業就業者をどうやって100万人にするのか」……。

9月1日の福田首相の辞任表明から約1週間後、永田町や霞が関に「民主党を斬る」と題するペーパーが出回った。この70ページにも及ぶ資料は民主党の小沢代表が掲げたマニフェスト(政権公約)に対して逐一、矛盾点を指摘する内容になっている。詳細なバックデータまで添付し、霞が関の各省庁が手分けして作成したものとみられる。

この資料は与党筋だけでなく、大手紙やテレビの論説委員クラスにも撒かれた。何とかして小沢民主党の大勝、政権交代を阻止したい霞が関の執念が感じられるシロモノだ。

麻生氏に擦り寄り、選挙対策のバラマキに協力する一方で、小沢対策の「紙爆弾」をばら撒き、世論工作に奔走する。その姿こそが、国民不在を如実に示す霞が関の官僚論理ではなかろうか。

   

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