「北朝鮮の核密輸」をモサド暴露
6カ国協議を嘲笑うプルトニウムの積荷。2月来日のイスラエル首相は、福田首相に中東密輸の詳細を明かした。
2008年4月号
GLOBAL
[シリア空爆の真相]
by ゴードン・トーマス(インテリジェンス・ジャーナリスト)
今回の任務の発端は、04年4月22日、北朝鮮の南浦港に向かっていた貨物列車の大爆発事故にさかのぼる。
モサド工作員によれば、イランの首都テヘラン近郊ナタンツにある核施設から北朝鮮に派遣された十数人のシリア人技術者が、列車の中の密室で貨車に保管されていた核分裂物資を受け取ろうとしていたという。爆発事故の後、技術者たちの遺体は鉛で覆われた棺桶に納められ、シリア軍用機で国外に運び出されている。爆発現場の龍川駅周辺は広範囲にわたって封鎖され、何十人もの防護服を着た北朝鮮軍兵士が数日かけて残骸の修復を行い、その一帯にまんべんなくスプレーを散布した。
モサドの分析者は、このとき北朝鮮軍は推定55キロの兵器級プルトニウムを回収したと見ている。列車爆発の原因は今もって謎だが、モサドはシリア軍人と科学者らが十数回にわたって平壌を訪問し、政権幹部と会談していた事実をつかんでいた。そして、アル・ハメド号が南浦港を出発する少し前にもシリアと会合の機会を持っていたのだ。
イスラエルがシリアに奇襲
そして07年9月5日――イスラエル空軍総司令部で政府首脳の会合が行われた翌日、特殊部隊「サエレット・マトカル」の奇襲部隊は、シリア軍の軍服を着てシリア兵になりすまし、イスラエル国防軍のスペシャリストたちとともに、北部イラク国境からシリアに潜入した。彼らは標的へ戦闘機を誘導するレーザー誘導システムを携行している。背中に背負ったバックパックには、シリア空軍の通信を妨害するシステムにリンクした機材が入っている。標的から60キロほど離れた地点に到着すると、身を隠して待機した。

ネゲブ砂漠の基地では、5人のパイロットが体力と気力を蓄えるのに必要な栄養分を補給するため豪勢な食事をし、食後に会議室でシュケディー将軍ら軍幹部からもう一度、任務の手順の説明を受けていた。説明が終わるとシュケディー将軍が仁王立ちして、パイロット一人ひとりの顔を見つめながら激励した。
「今回の任務は、諸君がこれまで経験した任務の中で最重要であり、これ以上重要な任務は今後ないかもしれない。諸君の安全確保には万全を期すが、万が一の場合には何をおいても救出すると約束する。しかし敢えて言うが、今回の奇襲は我々に分がある。シリア政府が気づく前に諸君は任務を遂行し、脱出していることだろう」
「神のご加護を」――将軍は一歩踏み出してパイロットたちと固い握手を交わした。
9月5日23時59分。1機目のF15Iが轟音をたてて滑走路を疾走、予定通り離陸する。時計が午前零時を回ったころには、最後の戦闘機が車輪を胴に納めていた。
夜が明けると、空爆が大成功を収めたことが判明した。衛星写真には完全に破壊された建物の跡が映し出された。翌日になると、シリアのブルドーザーが放射能の拡散を避けるために爆撃を受けた土地を土で覆っていた。
そして今年1月。ジョージ・ブッシュ米大統領はイスラエルを訪問中、内々にシリアの核施設爆撃に関する説明を受けた。(編集部注=オルメルト首相は2月27日、日本を訪れ福田康夫首相と会談、北朝鮮からシリアへの核拡散について情報を提供すると述べたが、その内容は本稿が明らかにした「サンバースト作戦」の内容だったと思われる)
しかし、ブッシュ大統領がイスラエルを発って3日後、イスラエル国防軍は、シリアが爆撃を受けた施設の再建に乗り出したことを示す衛星写真を明らかにしたのである。
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