「北朝鮮の核密輸」をモサド暴露

6カ国協議を嘲笑うプルトニウムの積荷。2月来日のイスラエル首相は、福田首相に中東密輸の詳細を明かした。

2008年4月号 GLOBAL [シリア空爆の真相]
by ゴードン・トーマス(インテリジェンス・ジャーナリスト)

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朝ぼらけの太陽が、赤錆びた1700トン級貨物船の舷側を捉えた。昨年9月3日、シリアのタルトゥース港。出入りの多い港にその貨物船は静かに滑り込んできた。マストに韓国の太極旗がはためき、船尾板にはソウルに近い仁川(インチヨン)で船舶登録した「アル・ハメド号」の名を掲げている。

停泊予定のバースへ舵を切るその船を遠くから一人の男が見つめていた。肌は浅黒い。クルド人か、イラク南部の「葦の民」マーシュ・アラブ人だろうか。彼はクルド語もアラビア語も堪能だが、アフガニスタンの方言もいくつか操れた。

実はトルコ生まれのユダヤ人なのだ。イスタンブールで絨毯売りの家業を営んでいたが、店を畳んでイスラエルに移住した。軍の通訳を務めるうちに、念願のモサド(対外諜報機関)で働くようになった。在歴15年、今や最優秀工作員の一人だ。10カ国以上の国々で数々の偽名のもとに工作し、類まれな言語能力とカメレオンのような性格で、どんな社会にも溶け込んで監視役を務めてきた。

今回のコードネームは「カマル」。ポケットには、見破れないほど完璧なイランの偽造パスポートが入っている。モサドのメイール・ダガン長官は彼に念押ししていた――いいか、この任務は重大だぞ、シリアのバッシャール・アサド政権が北朝鮮と危ない関係を結び、そこで貨物船アル・ハメド号がどんな役割を果たすのかをあぶり出せ、と。

問題の貨物船は北朝鮮の南浦(特級市)を出港している。米国家安全保障局(NSA)の衛星写真は、黄海上を白煙をたなびかせて走るこの船を捉えていた。船はインド洋から喜望峰を回り、大西洋を通ってジブラルタル海峡を抜け、地中海に面したタルトゥース港に入った。

韓国船を偽装した貨物船

出港時に掲げていた旗は航海中に太極旗に入れ替えられ、船尾板も船員がペンキを塗り替えて仁川登録船に偽装したことも、カマルは知っていた。タルトゥース港で視認すると、燻んだ灰色の船体に真新しいペンキの跡が浮いている。

カマルはタルトゥース港湾管理局の情報源から、どうにかアル・ハメド号の積荷リストをチェックすることができた。セメントと記されている積荷がトラックに運び込まれる様子を終日観察する。日が暮れかけたころ、何台もの軍用トラックが埠頭に到着した。兵士の誘導で、厚い防水布で覆われた木箱がクレーンからトラックの荷台に移される。カマルは手のひら大の高解像カメラで撮影、ボタン一つで直接、映像を送信した。1時間もすれば、レバノンとの国境付近にあるイスラエルの受信基地を経由して、その映像はモサド本部に届けられる。

カマルは、長官の期待通りの任務を遂行した手ごたえを感じた。木箱の中身は見えなかったが、鋼鉄で覆われたコンテナには、兵器級のプルトニウムを収容してあると確信できたからだ。

カマルは事前説明を受けていた。イスラエル南部ディモナにある核施設の建設に携わったテルアビブ大学のウジ・イーブン教授によれば、鉛のドラム缶に保管された未加工のプルトニウムの運搬は金塊を運ぶぐらい簡単で、成形加工はシリアに届けられてからで済む、という。194
5年8月9日の長崎壊滅から52年余、イスラエル全土を壊滅に追い込むのに十分な量のプルトニウムがシリアに持ち込まれたのである。

翌4日の正午少し前、テルアビブでは何台もの車がイスラエル・フィルのコンサートホールの前を通り過ぎ、厳戒体制下の空軍総司令部の敷地に入っていった。空軍総司令官、エライザー・シュケディー将軍は、大胆な戦術と怜悧な分析力を持つ戦闘機パイロットとして知られる。

空軍総司令部で開かれた会議は、カマルの報告書と、タルトゥース港に到着した貨物船と積み下ろし作業を撮影した写真が焦点だった。会議室のプラズマスクリーンには、大きく拡大された貨物船や布で覆われた木箱、運搬先のデリゾールの町、複数の小型の建造物と金網に囲まれた巨大な矩形の施設の衛星写真が次々に映し出された。施設周辺地域は「ターゲット(標的)」と呼ばれた。

会議室にはエフード・オルメルト首相ほか、今回の「サンバースト(雲間の日差し)作戦」に関わる関係者が座っていた。2006年のレバノン撤退で政権の座が揺らいだオルメルト首相は、エフード・バラク国防相(元首相)、女性のツィピ・リブニ外相を同席させて捲土重来を期していたのである。首相の隣には、野党リクード党首のベンヤミン・ネタニヤフ元首相もいた。イスラエルの特殊部隊「サエレット・マトカル」出身でミュンヘン五輪テロ報復作戦を指揮したこともあるバラク国防相のように、首相時代に数々のモサドの作戦を承認したことのあるネタニヤフ元首相は、今回のような敵側の裏をかく任務がいかに複雑なものかを熟知している。

シリアが核関連物質を隠蔽

サンバースト作戦の中心は、モサドのダガン長官だった。長官は8月、シリア・北朝鮮間の「核コネクション」が危険水域に達していることを示す証拠をオルメルト首相に見せていた。シリアは北朝鮮製スカッドCミサイル(射程約500キロ)を60基入手済みで、同14日にはアル・ハメド号がシリアに出発、北朝鮮の林景万貿易相率いる政府経済代表団がダマスカスを訪れて、科学・技術貿易協力条約議定書に調印していた。同貿易相はテヘランにも立ち寄り、シリア・イラン・北朝鮮3国の緊密度の高さを見せつけていた。

モサドのアナリストは結論づけた。シリアは、推定約110億円相当のイラン向けミサイル密輸のトンネル役を果たしているだけではない。6カ国協議で核施設の無力化と引き換えに西側から安全保障と経済支援を引き出そうとする北朝鮮に対し、プルトニウムなど核関連物質を隠蔽する場所までシリアが提供している可能性があるというのだ。

ダガン長官自身、以前は半信半疑だったが、工作員が収集した最新情報から、シリアが本気で核兵器開発に手を染めようとしていることを確信した。早速、関係者を集めて会議を開き、衛星でアル・ハメド号から下ろされた木箱がデリゾール近くの施設に運ばれるまで追跡、「ターゲット」の施設の本体内には、ほぼ確実に核弾頭の製造設備が設置されていると指摘した。

これを受けてディモナ核施設の科学者たちは、特殊な防護手袋をはめて扱う密閉容器で燃料ペレットに成形した後は、プルトニウムに連鎖的な核分裂反応を起こす中性子源としてポロニウムとベリリウムが少量使用されることになる、と結論づけた。

「この施設を破壊しない限り、シリアの技術者たちが核兵器の生産を開始するのは時間の問題だ」とダガン長官が最後の警告を発すると、数分後には施設を消滅させる決定が下った。

シュケディー将軍は、アル・ハメド号がジブラルタル海峡にさしかかった8月下旬、ネゲブ砂漠にある第69飛行中隊基地に飛んだ。ここにはイラン空爆に備えた前線襲撃部隊が駐屯している。将軍は平均26歳の選り抜きの戦闘機パイロット5人を会議室に集合させた。

彼らのほとんどが将軍と同じホロコースト生存者の子孫であり、5人とも鷹揚であけっぴろげだが、内に鋼のような強靭さを秘めている。将軍は彼らに標的がシリアの首都ダマスカスから北東約160キロの内陸深くの施設であることを明かした。

「農業研究センター」を隠れ蓑に、リン鉱石からプルトニウムを抽出する作業が行われ、間もなく北朝鮮から大量の濃縮プルトニウムが送られてくるという。この説明の2カ月前にイスラエルが打ち上げに成功した偵察衛星「オフェク7」で施設周辺の動きも偵察済みだった。

将軍は会議室のプラズマスクリーンの映像を指しながら付け加えた。一般市民を巻き添えにしてはならない、と。

シュケディー将軍は侵入と脱出ルートの説明に入った。戦闘機はシリア湾岸に沿って北上、トルコの港町サマンダー上空からシリア領空に入る。その後はトルコ国境に沿って侵入、ユーフラテス河上空でシリア中部の砂漠の町アル・ラッカに向けて南下し、そこから爆撃に入る。任務遂行後は高度飛行で一路西方へ飛び、ヒムズとハマと呼ばれる町の間を抜けて地中海に脱出、レバノン湾岸上で南下、基地に帰還する。侵入から脱出までの所要時間は合わせて80分である。

「緊急事態には、シリア湾岸沖で待機するイスラエル海軍が救助に向かう。爆撃は早朝、決行は近日中」

将軍の言葉に、質問は出なかった。

ネゲブ砂漠の「トップガン」

パイロットはイスラエル空軍のなかでも最新鋭の戦闘機F15Iで訓練を受けていた。F15Iは飛行可能時速が音速のほぼ2倍、約230キロの地中貫通型爆弾(バンカーバスター)を搭載できる。肉体的限界に近い重力に耐えて、右方向への急ターン、急降下、回避、急旋回、爆弾投下始点・照準の確認、降下角度30度の急降下爆撃などの訓練を真っ暗闇の中で行った。荒涼とした地にF15Iが二つのアフターバーナーから白熱光を発しながら擬似爆弾を投下すると、命中度を確認する印の位置に、青白い光を放つ白煙が立ち上る。はじめは標的を大きく外していたが、すぐに命中率が上がった。

もともとイラン攻撃の準備のために生真面目な生活を送り、戦術攻撃指令がいつ発せられてもいいよう、昼夜を問わず訓練に明け暮れるパイロットたち。シュケディー将軍は、トム・クルーズが主演したハリウッド映画にちなんで彼らを「わがトップガンたち」と呼んだ。

テルアビブにある空軍施設では、将軍のスタッフたちが、標的へのアプローチ方法を検討していた。爆弾投下直後に、爆弾の金属破片が戦闘機に当たって自爆する「フラッグ・パターン(破砕性手榴弾現象)」を避けるために、爆撃2~4秒後にはアフターバーナーで推力をつけて急上昇し、標的から離れなければならない。

自爆だけでなく、後続の戦闘機が巻き添えになったり、敵側から地対空ミサイルの反撃を受ける可能性もあるからだ。パイロットたちは8Gの重力に耐え、爆撃後は投下始点から直角に急ターンし、標的ゾーンから一気に約10キロ上空に急上昇する訓練をしなければならなかった。

作戦策定者たちは、離陸地点から 標的までの距離と、攻撃角度を正確に割り出すために、コンピューターで作成されたグラフ、衛星写真、物理学の表の読み込みと、数値の確認・再確認を行った。爆弾が標的の天井を貫通して内部で爆発すれば、今度はその天井が破片の飛散を抑える盾となって「フラッグ・パターン」を30~40%減少できるとの予測も立てた。標的上空にいる先導戦闘機には、遅延信管のついたレーザー誘導型爆弾を搭載し、爆弾が爆発するまでの貴重な2秒を稼げるようにした。

今回の任務の発端は、04年4月22日、北朝鮮の南浦港に向かっていた貨物列車の大爆発事故にさかのぼる。

モサド工作員によれば、イランの首都テヘラン近郊ナタンツにある核施設から北朝鮮に派遣された十数人のシリア人技術者が、列車の中の密室で貨車に保管されていた核分裂物資を受け取ろうとしていたという。爆発事故の後、技術者たちの遺体は鉛で覆われた棺桶に納められ、シリア軍用機で国外に運び出されている。爆発現場の龍川駅周辺は広範囲にわたって封鎖され、何十人もの防護服を着た北朝鮮軍兵士が数日かけて残骸の修復を行い、その一帯にまんべんなくスプレーを散布した。

モサドの分析者は、このとき北朝鮮軍は推定55キロの兵器級プルトニウムを回収したと見ている。列車爆発の原因は今もって謎だが、モサドはシリア軍人と科学者らが十数回にわたって平壌を訪問し、政権幹部と会談していた事実をつかんでいた。そして、アル・ハメド号が南浦港を出発する少し前にもシリアと会合の機会を持っていたのだ。

イスラエルがシリアに奇襲

そして07年9月5日――イスラエル空軍総司令部で政府首脳の会合が行われた翌日、特殊部隊「サエレット・マトカル」の奇襲部隊は、シリア軍の軍服を着てシリア兵になりすまし、イスラエル国防軍のスペシャリストたちとともに、北部イラク国境からシリアに潜入した。彼らは標的へ戦闘機を誘導するレーザー誘導システムを携行している。背中に背負ったバックパックには、シリア空軍の通信を妨害するシステムにリンクした機材が入っている。標的から60キロほど離れた地点に到着すると、身を隠して待機した。

ネゲブ砂漠の基地では、5人のパイロットが体力と気力を蓄えるのに必要な栄養分を補給するため豪勢な食事をし、食後に会議室でシュケディー将軍ら軍幹部からもう一度、任務の手順の説明を受けていた。説明が終わるとシュケディー将軍が仁王立ちして、パイロット一人ひとりの顔を見つめながら激励した。

「今回の任務は、諸君がこれまで経験した任務の中で最重要であり、これ以上重要な任務は今後ないかもしれない。諸君の安全確保には万全を期すが、万が一の場合には何をおいても救出すると約束する。しかし敢えて言うが、今回の奇襲は我々に分がある。シリア政府が気づく前に諸君は任務を遂行し、脱出していることだろう」

「神のご加護を」――将軍は一歩踏み出してパイロットたちと固い握手を交わした。

9月5日23時59分。1機目のF15Iが轟音をたてて滑走路を疾走、予定通り離陸する。時計が午前零時を回ったころには、最後の戦闘機が車輪を胴に納めていた。

夜が明けると、空爆が大成功を収めたことが判明した。衛星写真には完全に破壊された建物の跡が映し出された。翌日になると、シリアのブルドーザーが放射能の拡散を避けるために爆撃を受けた土地を土で覆っていた。

そして今年1月。ジョージ・ブッシュ米大統領はイスラエルを訪問中、内々にシリアの核施設爆撃に関する説明を受けた。(編集部注=オルメルト首相は2月27日、日本を訪れ福田康夫首相と会談、北朝鮮からシリアへの核拡散について情報を提供すると述べたが、その内容は本稿が明らかにした「サンバースト作戦」の内容だったと思われる)

しかし、ブッシュ大統領がイスラエルを発って3日後、イスラエル国防軍は、シリアが爆撃を受けた施設の再建に乗り出したことを示す衛星写真を明らかにしたのである。

著者プロフィール
ゴードン・トーマス

ゴードン・トーマス

インテリジェンス・ジャーナリスト

脚本やBBC、米テレビ放送ネットワーク向けテレビ番組も手がける。2005年2月に放送されたフランスのテレビ番組でダイアナ元妃の事故死についてコメント、同番組の視聴者数は900万に上った。対テロ国際会議(2003年10月、コロンビア)で講演したほか、米中央情報局(CIA)、英防諜機関(MI5)、米連邦捜査局(FBI)、英対外諜報機関(MI6)など世界34カ国の諜報機関幹部を対象にした講演では、1時間半のスピーチの後の質疑応答に2時間が費やされた。ワシントンで米国防総省、その他機関の関係者を対象にした講演経験もある。FACTAのほか、英独など欧州やオーストラリアのメディアにも多数寄稿。

   

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