「ビスタ」が鳴らすマイクロソフトの弔鐘

遅れに遅れて5年ぶりのモデルチェンジ。だが、知恵も乏しく新味もない。重いばかりの「恐竜」の末路。

2007年1月号 BUSINESS

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 パソコンの基本ソフト(OS)で9割以上のシェアを占める米マイクロソフトがこの1月30日、次期OS「ウィンドウズ・ビスタ」(企業版は11月30日に発売済み)を発売する。

 現行OSの「XP」から5年余。延期に次ぐ延期でようやく登場するが、その間に情報技術(IT)業界を取り巻く環境は大きく変わった。皮肉にもビスタの発売は、マイクロソフトの技術力、競争力がいかに衰えたかを世間に知らしめそうだ。

「今日はビジネスにとって新たな日を意味するだろう」。11月30日、ニューヨークのナスダック市場に現れたマイクロソフトのスティーブ・バルマー最高経営責任者(CEO)は誇らしげに「ビスタ」を宣伝してみせた。1文字から素早く検索できるファイル検索機能や、あらかじめ情報を分類するタグをファイルにつけておけば簡単に目的のファイルを探し当てる機能のほか、セキュリティーを強化したインターネット閲覧ソフト(ブラウザー)……。

 1995年11月に発売したOS「ウィンドウズ95」以来、守り続けてきたITの盟主の座が、ビスタでは維持できそうにない。その新機能はどれもすでに競合相手が提供しており、陳腐化しているものばかりだからだ。例えば、ファイル検索機能は米アップルコンピュータが05年からOS「タイガー」に搭載済み。06年8月、スティーブ・ジョブズCEOは次期OS「レパード」の進捗ぶりを説明しながら「マイクロソフトは我々の数年前のOSを真似ようとしている」と嘲笑った。

強力ライバルが続々

 ビジネスに欠かせないワープロや表計算ソフトでも、マイクロソフトのドル箱である有料の「オフィス」に強敵が出現した。検索エンジンを武器に急成長する米グーグルが10月に「グーグル・ドックス・アンド・スプレッドシーツ」という無料サービスを始めたからだ。パソコンがネットにつながっていれば使え、グーグルのサイトで登録手続きだけすればいい。複数のユーザーがネット上で共同作業できるのも利点だ。

 ネット閲覧ソフトであるブラウザーにも新興勢力が台頭、マイクロソフトの「インターネットエクスプローラ(IE)」の座を脅かそうとしている。米モジラは04年に無償ブラウザー「ファイヤーフォックス(FF)」を公開。世界中の技術者がネット上で協力しながらボランティアでつくるブラウザーだ。06年10月にはアップグレード版「FF2」を公開した。FFは拡張性が高く、「アドオン」と呼ばれる無料ソフトがたくさんある。

 ノルウェーのソフト開発、オペラソフトウエアは06年6月、無償ブラウザー「オペラ9」の提供を開始。「ウィジェット」と呼ばれる機能が売り物で、ブラウザー上でゲームやカレンダー、時計、ニュース配信などのソフトを異なるOSで動かせる。ウィンドウズはもちろん、アップルの「マックOS」、オープンソースの「リナックス」でもオペラを通じてソフトが動く。来年には携帯電話のブラウザーにもウィジェット機能が対応する見通しで、すでに日本国内の10機種以上の携帯電話がオペラを採用している。

 国産ブラウザーも現れた。大阪のソフト開発、フェンリルの「スレイプニール」だ。マウス操作にソフトの全機能を割り当てる「マウスジェスチャ」などパソコン中上級者が使い勝手を高められる機能が人気で、06年11月に最新版を公開した。

 オランダの調査会社ワンスタット・ドット・コムによると、ブラウザーの世界シェア(06年10月時点)はIEが85.9%、FF11.5%とまだIEが圧倒的に強いようにみえるが、2年前にはIEがシェア9割超だった。

 マイクロソフトはなぜもたついているのか。これまでOS発売のサイクルは2~3年。5年以上もかかったのはビスタが初めてだ。ただビスタ発売も当初は04年を想定していた。3年近くもずれ込んだのは主に二つの理由による。

 第一はセキュリティー面。03年に「ブラスター」と呼ばれるウイルスが蔓延、ブロードバンド(高速大容量通信)の普及で広範囲にパソコンが感染する被害が出てしまい、対処するためのXPの修正(サービスパック2)に時間を要した。第二は欧米司法当局と独禁法絡みで訴訟が長引き、経営陣が忙殺されたことだ。

 開発が遅れる中で、プロセスはかえって複雑を極め、開発コードも5千万本近くと、XPより40%も増えて重いものになってしまった。おかげで動作保証基準も「512メガバイト以上のメモリー」という広報の言葉をはるかに上回り、「2ギガバイトは必要」(パソコン業界関係者)という。

 その後もOSに忍びこむスパイウエアやボットネットなどが続出、善玉と悪玉の識別が困難になった。マイクロソフトのビジネスモデルはOSで寡占を築き、あらゆるユーザーに対応する水平型だが、それがかえって重荷となり、バグ(欠陥)のテストに膨大な時間と労力を投入せざるをえなくなった。恐竜化したマイクロソフトに比べ、機能を絞った垂直統合型のグーグルや携帯音楽プレーヤー「iPod」は身軽で、次々に更新できる強みがある。

Xboxとズーンは苦戦

 だが、マイクロソフト最大の悩みはパソコン依存から脱却できていない点だ。07年は「(ビスタ投入で)世界のパソコン出荷は8~10%伸びるため業績は堅調」と強気だが、消費者はそんなに甘くない。XPの時代は、デジカメで撮った写真やビデオ、音楽などをすべてパソコンに取り込んでいたが、今は動画共有サイト「ユーチューブ」などネット上に残す時代である。

 グーグルがそのユーチューブを買収し、写真を通じたソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)として人気の高い「フリッカー」もヤフーが買収した。負けじとマイクロソフトも家庭用ゲーム機「Xbox360」に乗り出したが、任天堂「Wii」やソニー・コンピュータ・エンタテインメント「プレイステーション3」の前で苦戦している。

 11月に音楽配信市場に参入し携帯音楽プレーヤー「ズーン」を登場させたが、アップルの初代iPodから5年も遅れたうえ、デザインがそっくりで評判が悪い。米証券会社によると、小売店の75%がiPodを顧客に勧め、ズーンはわずか8%にとどまった。

 XPを発売した01年11月と06年11月のマイクロソフトの株価(調整後)はほぼ同水準で足踏みしているのに、アップルは10倍に伸びている。社員7万人を超す組織は官僚化し、地元紙シアトル・タイムズのコラムニスト、ブライヤー・ダドリー氏は「マイクロソフト自体がアップグレード期限を迎えている」と指摘する。

 ビル.ゲイツ会長は08年7月に現役を引退する。ビスタは現役最後のOSとなるが、「帝国」の終焉を告げるOSにもなりそうだ。

   

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