『平成金融史』

動乱30年「裏付け」に矜持と自負

2019年6月号 連載 [BOOK Review]
by 清武英利(ノンフィクション作家)

  • はてなブックマークに追加
『平成金融史』

『平成金融史』

著者/西野智彦
出版社/中央公論新社(本体920円+税)

今でこそ、TBSホールディングス業務監査室長に収まっているが、西野智彦は元来、記録者である。時事通信社経済部からTBSに転じ、報道記者として、『検証 経済迷走 なぜ危機が続くのか』(2001年)や、『検証 経済暗雲 なぜ先送りするのか』(2003年、いずれも岩波書店)など金融動乱時代のノンフィクションを残してきた。

制作プロデューサーでもあった彼の手法は、財務省高官や政治家などに深く食い込むことによって、官庁の内部文書やメモ、当事者の手帳、日記などを得、そこにインタビューを組み合わせて迫真のドキュメントにつなぐ独特のもので、その分だけスタンスは官僚寄りの印象だが、事実に忠実だから、官界以外でも評価が高かった。

『平成金融史』は16年ぶりの著書である。これまでTBS報道局長や総務局長の要職にあって執筆の時間も取れなかったのだろう。彼自身は、「三十年余に及ぶ拙い金融取材の『総まとめ』のようなものです」という控えめな挨拶文を送っているが、動乱の歴史を概観するのに十分な内容を備えている。読み進めて驚くのは、この新書でも描写の裏付けを丁寧に記していることだ。目についただけでも、

▽(銀行局作成メモより抜粋=28ページ)▽〈銀行局が残した会談記録によれば=43ページ〉▽〈面談記録によると=44ページ〉▽(金融当局の内部文書より=52ページ)▽(吉田氏提出メモより抜粋=70ページ)

あとがきには、わざわざ〈個々の記述には一定の根拠がある〉と記している。事実に対する矜持と自負が書かせるのだろう。事実よりも、会社や権力に忠実な記者の方が多い時代だから、こうしたプロの拘りに触れると、編集者はもっと早く彼に迫って、もっと多く書かせるべきであったと、つくづく思う。

事実はプリズムのようなもので、置かれた立場によって見え方が異なってくる。日本でも、政治家や官僚が自伝やオーラル・ヒストリーで錯綜した時代と自分の仕事を書き残すようになりつつあるが、すべてが明かされるわけではない。

私は住宅金融専門会社の処理に、日本初の公的資金が投入された1995年の政策選択について、疑問を持っていた。それは、当時の蔵相宮沢喜一の自伝や、大蔵省銀行局長だった西村吉正、前任の寺村信行のオーラル・ヒストリーを読んでも納得できなかったが、この一冊を読み合わせることで、少し霧が晴れたような気になった。

あの時代、私たちは誰の、どんな決断によって翻弄されたか。書名の通り、平成金融史に私たちを誘う定番として長く読まれるのだろう。(敬称略)

著者プロフィール
清武英利

清武英利

ノンフィクション作家

読売新聞社会部記者、編集委員、読売巨人軍球団代表などを経て、ノンフィクション作家に。『しんがり 山一證券最後の12人』で講談社ノンフィクション賞、『石つぶて 警視庁二課刑事の残したもの』で大宅壮一ノンフィクション賞読者賞受賞

   

  • はてなブックマークに追加